全国百姓一揆。
全国百姓一揆。 http://mixi.jp/show_profile.pl?id=10309938
生態系としての百姓達が,単なる産業の一つとしてしか理解しない,農林行政に対して,
相反乱状態ですね。 http://nifnif.nifty.com/parts/flash_player.jsp?id=070623007027
大規模農業???
この国の農業の現実に立った発想の出来る男は,自民党にはもうどこにもいないから。
自民党は,農民を完全に敵に回しましたね。
当分小沢から離れることも,自民党に戻ってくることもないでしょう。
彼ら抜きで,1人区で勝つ方法を考えるしかなさそうですが,そんなものがあるかどうか。
経団連の言うことを聞きすぎた結果ですね。
食糧自給率の問題は,都市住民の問題です。
百姓は飢えることはありません。
百姓の問題は,生存そのもの,共同体そのもの,生態系そのもの,存在そのものの危機
なのです。
都市に本拠を移してしまった人々には,理解できない。
昔百姓の家の跡を継いで,生を全うした長男達の怨念でしょうね。
農地を財産としか理解しない,次男三男,そして土地を捨てて出て行きながら,親が
死ぬと相続権を主張する長男。
農地は生き物であり,一日も手を抜くことの出来ない生態系そのものなのに。
単独で生き残れるのは大規模農家だけという現実。 >
それが最大の間違いです。
大規模農家のどこが採算がとれているのでしょうか。
生き残っているのは,生態系としての農業を大切にしている農民だけですよ。
農林行政が,その唯一生き残っている農民達を時代遅れと見なして,妨害し続けて
いるのです。
欧米の前例と,机の上の書類しか見ていない輩が。
それと市場経済にのらない活動を,過小評価すべきではないと思います。
それと産業化=勝ち組ではないと思います。
本当の勝ち組,この言葉自体が私には意味不明ですが,人としての充実感,何世代に
も引き継がれていくという確信。
志。
というようなものの価値を,金銭価値に追い回されている人々は知らないのです。
大規模農業の何がいけないのでしょうか?>
大規模農業とは,環境破壊そのものだからです。
農地は生産設備ではありません。
生き物なのです。
人が生きていくために不可欠な環境そのものです。
環境は,自然に存在するものではありません。
自然に存在したのは,荒れ果てた砂漠と,ジャングルです。
数万年にわたる人間の営みによって,それが人の住める環境に作り替えられて
きたのです。
現代の都市住民は,そのことを忘れ去っています。
そしてその結果破壊された環境から,復讐を受けているのです。
宮崎アニメのテーマそのものですね。
繰り返し繰り返し語られている事実です。
しかしそれでも,人々は目先の金銭的利益を捨てようとはしない。
その行為が,人類の自滅につながることに気づきながら。
戦争をやめられないのと,全く同じ理由で。
私だけがそれをやれば,市場経済下の競争で不利になるから。
勝ち組になれないから。
それが「勝ち組」なのです。
全ての思いやりを捨て去り,人に譲る心を捨て去った人々のことです。
本当のすばらしい人々とは,正反対の生き方を選んだ人々。
大規模農業は,環境を使い捨てにすることによって,短期の採算を維持して
いるのです。
年単位の決算では,黒字が出ているように見えるでしょう。
しかしその背景で,再生不可能なほど環境が破壊されていきます。
何万年もの努力の蓄積を食いつぶしているのです。
環境を再生しつつ,そこから自然の恵みを得る努力,営みこそが本当の
農業なのに。
環境に負荷をかけず,永続しうる営みだけが。
環境に負荷をかけない農業が非効率と決めつけるのは,間違いではない
かと思います。
今はまだ始まったばかりで,十分なシステムになっていませんが,参加
する人は急速の増えています。
単なる経済活動ではありませんから。
親が子や家族に食べさせるものは,信頼の出来ない人が造った大量生
産品でまかなうことは出来ませんから。
安いと言うだけで。
生きると言うことと,経済活動とを,混同してはいけないと思います。
経済活動は,人が生きるための手段にすぎません。
しかし食べること,そして環境を維持することは,生きることそのも
のですから。
経済的採算は関係ありませんから。
子供を産み育てることの採算を,計算している人はいないと思いますよ。
マクロ的な農政と世界の食料問題>
マクロ経済学の基本がケインズ理論によって成り立っているのは,ご存
じだと思いのます。
ケインズ経済学の基本が,国民経済という発想からなっていることも。
GDP,GNPの数値によって経済成長をはかることも,ケインズ経済学
が土台になっています。
しかしよく考えてもて下さい。
今現実の世界に国民経済なんてものが存在するのかどうか。
経済活動は,とっくに国境を越え地球経済と言って良い状態になっています。
考えてみて下さい。
国境内で行われている活動だけを切り取って集計したものに,何の意味が
あるのかと言うことを。
統計は,集計の仕方によって全く違う意味を持ちます。
そしてケインズ経済学は,その統計数値に大きく依存して成立しているのです。
資本主義は,土地と労働力を市場経済に取り込むことによって,成立しました。
今地球環境そのものが,有価物として市場経済に取り込まれようとしています。
地球環境そのものをもカウントした地球経済のウエルフェアにとって,環境を
浪費しながらGDP数値を増やす活動を,生産的な活動と評価することは出来
ません。
今はまだ,地球GDPといった数値も統計も存在しません。
しかしそれば,お互いに傷つけあう活動を含む,国民経済のGDPの合計では
あり得ないのです。
現時点で,地球経済を分析する,マクロ経済学は存在しません。
ただケインズ経済学を土台にして,地球経済を分析することは,やめた方がい
いと思うのです。
それは,大恐慌の引き金を引いたフーバー大統領の失敗を繰り返す行為だと思
うからです。
http://www.lohasclub.org/100.html
ロハスっていうそうです。
言葉を知ったのは本当に最近ですけど。
(注意 http://mscience.jp/nolohas.htm という批判もありました。 )
GDP成長至上主義に対する,基本的なアンチテーゼだと思います。
マルキシズムが,一種の宗教として機能していたことは,今や万人の認めると
ころですが,ケインズ理論もまた,一種の宗教であることは,未だ多くの人々
が気づいてはいないようです。
いかに環境を破壊しようともGDP成長率が上がることはよいことだという,
幻影の中で。
その渦中にいる人々にとって,正統派の宗教というものは,通常科学と同一
視されているものですから。
完全に信じられていて,疑われることがないという意味で。
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